TOP >> 連載コラム 第17回

連載コラム
「全国の塾長、塾講師にむけて
 これだけは言っておきたいこと」

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回
第16回
第17回
第18回
第19回

 



連載コラム 「全国の塾長、塾講師に向けてこれだけは言っておきたいこと」

第17回
失敗した塾総集編:その1《講師編》


私は基本的には、公教育と対峙できない塾は自然淘汰してなくなったほうがいいと思う。最近の公立中学、高校の教師はかつての教育論を振り回す型の理論派が少なくなってきたといえる。むしろ塾型の教えるプロ思考が増えてきた。これは塾にとって脅威である。そう遠くない時期に公立学校の教員に受験というテリトリーを明け渡すことになるのは目に見えている。かつて受験分野では塾・予備校が公立校に一歩も二歩もリードしていた。公立高校を辞めて、予備校に講師としていくことが名誉だった。塾もしかりで、こと受験に関しては情報を集め分析もし、全てにこだわっていた。
それが利益最優先にした結果安もんの講師を使い始めてレベルが年々落ちてしまっている。最近生徒向けのイベント講演「なんで点が取れないのか」をやったところ塾でそんなことを教えてもらってない、学校で教えてもらったという生徒諸君がかなりいたのには驚かされた。塾でこんな会話が飛び交ってること自体末期的である。 塾の原点は長屋の奥でひっそりとこだわりを持って、子供が好きな先生がやっていたのである。先生は退職した教師、途中でリタイアーした教師達であった。聖職意識を持った超アナログで、何よりも躾を大事にして、自分の持っている知識を伝達する、いわば文化の伝承と言っても過言ではない。今のように精神的にも未熟な学生が教えるなんてとんでもないことであった。どこかの老舗の料理屋のように、一度出した料理を手がつけていなければ、次の客に出すというなんの倫理も哲学もない商売がまかりとおる世の中である。塾もしかりである。将来ある子供を預かる商売である。授業内容も、教科書も、教師も、カリキュラムも、学力向上も何の計画もない。ただ生徒を集めるだけ。衛星放送授業に頼るだけ。駄目塾に共通している講師の劣敗の必然性

1.下手な授業が多すぎる。塾の講師でもやろかという、まず意気込み、使命感がない。
【最悪の3マン】1.マンネリ(惰性) 2.慢心(自惚れ) 3.怠慢(怠け)実力のない講師にかぎってこの傾向が強い。講師、教師に共通することは、社会性がまったく欠如している。ちなみに、教師を辞めて、予備校に再就職して成功した人は、私の周りで見たことがない。また教師ほど教師をやめて、社会で通用しない職種はないのである。学校の常識は社会の非常識である。 

2.成績を上げるカリキュラムがない。だだの時間割表であって、カリキュラムではない 。
年間を通しての学力アップのスケジュールがない。

3.賞味期限の切れた講師と専門職としての知識がない新人講師。特に地方では講師難の為、少々悪いと経営者が認識していても採用しているのが現状である。地方でもましな塾は学力テストを行っているが、ほとんどの塾は採用に学力テストを行っていない。またその教師の研修会もやっていない。宣伝費はかなりの額を使うが、塾講師の研修費にまったく使ってない塾がほとんどである。(ベテランが そろって群がる 養老塾)

4.利益率を上げるために安物の学生講師にまかせっきりである。その学生を訓練すらしていない。 学生講師の問題点…学力と教えることはまったく違うのである。利益優先のために使う学生の講師がなぜ駄目なのか。彼らは教えるというtechniqueも、presentationも、motivationもまったくないと言っていいだろう。たまたまいい学生講師が来るが、あくまでたまたまで、博打のようなものである。生徒のお金は親の浄財である。どんな学生講師であるか、見たこともない経営者は親の浄財をなんと考えているのか。何よりもなっとらんのは子供たちの気持ちをまったく考えない自分よがりの独断と偏見で教えている恐ろしい現実がある。人の前に立ってはいけない,我儘の素人である。かつて京都の塾で学生の殺人事件があったのは何も偶然ではない。起こるべきして起こったのである。学力のない学生にいたっては悲惨である。全国講演で、そんな学生講師を私は多数見てきた。力のある子供の能力を引き出せず、学力の遅れている子供をもっと遅らせているのである。

5.賞味期限の切れた講師と専門職としての知識がない新人講師。特に地方では講師難のため、少々能力、生徒の管理能力不足でも、採用している。時間割から見て、教師が足らないから自動的に押し込んでいるのが現状である。当然生徒の親からの苦情が来て、その度に塾内で講師のたらいまわしをしている現場を何回か目撃している。

 6.授業=商品力の低さ…ほぼ答え合わせをして終わりの授業、生徒を見ないで、やたらと板書ばかりしている授業、自習形式で生徒に演習問題しかしない授業、生徒に言わせてばかりの一方通行の授業、教師がしゃべってばかりの一方通行の授業。わかりやすい授業の工夫がない。塾で生徒が良く寝ている光景を見る。学校で、目いっぱいの授業を受け、またクラブ活動をしてくたくたの状態で授業を受けているのである。この時こそ生徒をひきつける、魅力的な授業が期待されるのである。5月に地方の塾に頼まれて、講演授業を夜の6時半から8時40分まで、休憩なしにやったところ、50名の生徒は誰一人として眠らなかった経験をしてきた。これには、商品力の豊かさ、引き付ける迫力のある話し方、何よりもわかる面白さを生徒に体験させた。生徒は授業が楽しいことを期待して授業に望むのである。しかも1ヶ月に1回の講演授業で有料である。塾費の他に生徒は新たな費用を払わねばならない。費用対効果である。例えば、1万円の授業を私は2万円に見せる授業をしたつもりである。生徒はけっして高いとは誰一人思っていない。支持率100%であったそうである。下手な授業すると、千円でも高いのである。7.商品力の高い一人の教師がその魅力とこだわりで生徒を引き付けるそんな塾は無くなったのである。もしそんな教師を見つけられないなら、また育てられないなら塾経営はしてはいけないのである。塾人マインド・塾人スピリット・塾人プライドの教育を今からでも遅くはない。


(株式会社ルックデータ出版発行「塾ジャーナル」掲載)